現代社会の必須アイテムの一つといえば「地図」を挙げることができると思います。あんまり意識することはないでしょうが、”Google Map”なしの生活を考えることができるでしょうか。目的地を探すとき、近くの美味しいお店を探すとき、道の混雑状況を知りたいとき、わたしたちは”Google Map”をはじめとするマップアプリを開くと思います。あるいは、「カーナビ」なしに快適な移動はできるでしょうか。日常生活で「地図を使っている」という意識はあまりないかと思いますが、現代の生活において地図は毎日のように活用する生活必需品と言えるのです。前回の記事では、地理学とはどのような学問であるか、どのようなことを学ぶのかについて紹介しました。今回の記事では、地理学の中でも重要な地図の魅力を解説していきたいと思います。地図とはそもそも?あまりにも当たり前に使いすぎて、「地図とは何ですか?」と聞かれると、意外と回答に困るのではないでしょうか。少し考えてみてください。「地図とは、、、、」地図とは「地理情報を図形で表現したもの」と定義することができるかと思います。「地理情報」とは、地理空間に関するさまざまな情報のことです。わたしたちに馴染みがある情報は、「交通情報」「位置情報」「店舗情報」などが挙げられるでしょう。こうした情報が、地図という図形上で表現されていないますよね。そして、こうした情報はわたしたちにとって意味があるからこそ地図上に掲載されているのです。具体的に考えてみましょう。わたしたちの社会では、車や電車や飛行機や自転車などが主な交通手段です。また、観光や出張、旅行などでわたしたちは頻繁に見知らぬ土地へ移動します。さらに、その先々でおすすめのお店やグルメなども気になってしまいます。逆に、小中学校で習うような田畑などの情報はほとんど強調されていないですよね。つまり、地図上に優先的に載る情報はわたしたちがどんな情報を欲しているかに大きく関わってくるのです。もっと言うと、地図に掲載される情報はその時代の社会的な文脈や価値観が色濃く反映されているのです。地図に反映される社会的文脈昔から地図は自分達にとって役に立つ情報/関心のない情報が選り分けられていました。いくつか事例を紹介することで、そのことをより立体的に理解してもらいたいと思います。下の図は、古代インドの宇宙観を表した図です。この図像も、広義の意味での世界地図ということができるでしょう。これは当時の古代インドの人々の世界観が反映されたものとなっています。この図は、『ポイティンガー図』といいます。「すべての道はローマに通ず」という諺もあるように、この図はローマを基点とする道路網を描いた図です。その道沿いに存在する都市や宿場、山脈などが図像化されて描かれています。これは、自分の位置を正確に把握するために必要な情報であると言うことができます。ローマ帝国内を移動する人々はこの地図を頼りに、各地へと移動していたのです。広大な帝国に生きるローマ人に必要だったのがこのような地図なのです。この図は、『マルテルス図』といいます。西洋社会が貿易拡大のために、世界旅行に漕ぎ出した「大航海時代」の世界地図です。現代的水準からするとかなり誤りはあるものの、ある程度の正確性を持った地図といえます。ただ、重大な欠陥は、この地図には、アメリカ大陸が記載されていないことです。この時代、アメリカ大陸は未発見だったのです。アメリカ大陸を発見したのはコロンブスですが、『マルテルス図』に大きな影響を受けていた彼は、アメリカ大陸のことをインド付近の島だと勘違いしたことで知られています。また、この地図には世界中の怪物伝説などの情報も記載されており、探検家たちの冒険心を掻き立てたのではないかとも考えられます。世界各地の正確な情報を得ることで貿易による巨万の富を得ることができた時代の社会的な文脈が、この地図には色濃く反映されていると言えるでしょう。この図は、伊能忠敬が作成した『大日本沿海輿地全図』です。日本で初めて正確な日本地図を作成したと言われる伊能忠敬ですが、この図は海岸線はとても正確であるけれども、山脈や地名などの情報が一切記載れていないことが見て取れるでしょう。この地図は沿海輿地全図という名の通り、沿岸部のみを詳細に記載した地図なのです。ではなぜ、沿岸部だけを正確に記載することが求められたのでしょうか。この図は、そもそも江戸幕府がロシアの南下に備えるために、正確な海岸線の情報が欲しかったという事情によって作成されています。そのため、この図ではそれ以外の情報は捨象され、沿岸部のみが詳細に記録されているのです。その後、この図が完成した際には「国名」「国境」「領主名」「村落」「寺社名」「田畑」「磯や浜の種類」などのさまざまな情報が付け加えられて、正確な地理情報を江戸幕府は手にすることができたようです。ちなみに、この地図は極めて正確であったため、国防の観点から江戸幕府中枢に秘匿されておりましたが、この図を幕府の役人がオランダ人医師であるシーボルトに贈ってしまいました。幕府の役人は重罪に処させましたが、この事件は「シーボルト事件」として知られています。このように、正確な地理情報は国内統治や軍事問題などの国際関係にも密接に関連していると言えるのです。地図は多様な要素と結びつくメディア以上見てきたように、地図はさまざまな社会的要素と関わり合っています。つまり、地図はどのような要素と結びつくかによって、その姿を大きく変化させるのです。古代インドの世界図を見てもわかるように、地図はある文化の思想と結びつくことによって多様な世界観を表現するメディアにもなります。あるいは、『マルテルス図』のように地図は貿易で巨万の富を得たいという人々の欲望と結びつくことによって、「正確な世界地図」という経済的メディアへと変貌しました。いまや、スマートフォンをひらけば正確な世界地図を見ることができますが、わたしたちにとってそれは次の観光地を探すためのメディアへと変化したとも言うことができるでしょう。『大日本沿海輿地全図』は国防上、大変有意義な地図でした。そのため、多くの外国人が欲しがった地図でもあったのです。一方で、この地図には「領主名」や「田畑」などが記載されたため、統治者にとっては正確な国土の現状を知るための有益なツールだったのです。このように、『大日本沿海輿地全図』は国防に必要なメディアであると同時に、国内を効率的に統治するためのメディアであるとも言えるのです。現代社会を生きるわたしたちにとって、地図は「乗り換え情報を知るためのメディア」であり、「目的地まで到達するためのメディア」であり、「レストランの口コミを知るためのメディア」であります。もっと専門的な職業についている人にとっては、地図は私たちが想像もつかない形で使われているでしょう。そして、わたしたちがこのような形で地図を活用することができるのは、地球に関する学術的な知見の蓄積や人工衛星などの宇宙開発、そして高度な測量技術を擁しているからです。マップアプリのような地図は、実は目には見ることのできない多様な要素が複雑に絡み合うことによってはじめて可能となっているのです。このように、地図は多様な要素と結びつくことによって、豊かな相貌を見せるメディアと言うことができるのです。地図をメディアという観点から考えることで、地図の見方も大きく変わるのではないでしょうか。もしかしたら、地図を使った新たなアイディアも出てくるかもしれませんね。まとめ今回の記事では、わたしたちが当たり前に使っている地図の隠れた魅力を紹介してきました。地図に、どのような地理情報を記載するかどうかは、地図を取り巻く社会的な文脈や技術が大きく関わっていることを指摘しました。そして、地図はどのようなことを知りたいかという欲望が色濃く反映されているということも指摘しました。その意味で、「地図は多様な要素を結びつけるメディア」であるということができるのではないかという見方を提示しました。そのため、わたしたちは、地図を見ることで、その地図が示す世界観を知ることができるのです。あるいは、地図を比較することで地図の特徴について理解することもできるでしょう。このように、地図を通してわたしたちは多様な世界に触れることができるのです。どうですか、地図ってとても魅力的でないですか?次回の記事では、現代の地理情報技術について解説していきたいと思います。参考海野一隆『地図の文化史——世界と日本』八坂書房http://atlas.cdx.jp/history/ancient.htmhttps://www9.big.or.jp/~akkun/ancient_univers/ancient.htmhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B2%BF%E6%B5%B7%E8%BC%BF%E5%9C%B0%E5%85%A8%E5%9B%B3 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B2%BF%E6%B5%B7%E8%BC%BF%E5%9C%B0%E5%85%A8%E5%9B%B3