前回の記事では、国語という教科でどのようなことを学ぶのかということについて解説していきました。正直、古典文法の授業以外では、何をどのように学んでいけばいいのかわからないというのが国語という教科の性質だと思います。そこで、言語について学ぶ教科だと位置づけ直し、論理としての言語と物語としての言語という二つの観点から、国語教育について考えていきました。今回からは、そのような見方を前提に置きつつ、言語について学ぶとはどういうことかについての具体的な内容に入っていきたいと思います。言葉の不思議そもそも言葉とはどのような存在なのでしょうか。今みなさんが読んでいるこの記事も言葉によって書かれていますね。よく考えてみると、文字ってただの記号に過ぎないですよね。しかも、ひらがな・カタカナ・漢字の三つの文字が組み合わさり、「意味」が生まれる日本語を読み解けるのは1億人ちょっとです。おそらくその他の数十億人の人にっては、この記事に書かれていることは「*#(!(*#(@)」という文章と同じくらい意味不明なものに見えるのではないでしょうか。あるいは、日本語を読み解ける人にとっても、「をいったたろう動物園と昨日」という文章は、意味不明なものになります。つまり、ひらがな・カタカナ・漢字は適切な仕方で組み合わされないと意味をなさないのです。はたまた、「ゐる」という言葉は、現代日本語には存在しない音なので、ぱっと記事の中に出てきたら一瞬つまってしまうことでしょう。なぜなら、大抵の場合、わたしたちは頭の中で文字を音読しながら文章を解読しているからです。つまり、文字が適切に音に変換されることによって、適切に意味も伝わるのです。それだけではありません。言葉の意味は文脈によって大きく変化していくからです。「じゃあ僕が警察で、あなたは泥棒ね」という言葉は、ドロケー(ケードロ)という遊びの文脈ではすんなり意味が通りますが、そうでない文脈でいわれると、これまた意味不明になってしまいます。何気なく使っている言葉は意外と複雑で、高度な発明品であるということがおわかりいただけたのではないでしょうか。わたしたちが行っているコミュニケーションは驚くべきほどに難しい作業なのです。そのため、AIはまだまだ人間ほどのコミュニケーション能力を獲得できておりません。言葉の構成要素これまでの話をまとめてみましょう。言葉は、文字・語順・音・意味によって構成されていることがわかります。より専門的にいうなれば、音・形式・意味の3つに区分されることになります。形式には、言葉の形態=文字と言葉のルール=文法が含まれています。理解のためにわかりやすくまとめるならば、話し言葉:音+文法=意味になりますし、書き言葉:文字+文法=意味というように表すことができるかもしれません。※もちろん、話し言葉においても音が文字に変換されていますし、書き言葉においても文字が音に変換されているのは先ほど述べた通りです。言語について研究する言語学では、この言葉の構成要素に合わせた研究領域が存在しています。音について扱う「音韻論」「音声学」、文字について扱う「形態論」、文法について扱う「統語論」、そして意味について扱う「意味論」「語用論」などです。言葉の基本的な構成要素について、理解することはできたでしょうか。続いて、今紹介した4つの観点から言葉について考えていきたいと思います。音としての言葉言葉はまず、何よりも「音」から生まれました。二足歩行をするようになり、気道をより柔軟に使うことができるようになった人類は、「多様な音」を表現できるようになりました。そして、次第に音によるコミュニケーションをはじめていきました。初期人類は、歌によって情報を伝達していたのではないかとも言われています。そして、その歌が次第にパターン化していき、文法が作られていったのではないかという仮説もあります。このように音からはじまった人間の言語ですが、その後は実に多様な音声に分化していきました。英語と日本語では、全く音が異なりますよね。日本人にとっては、英語のリスニングは難しいのではないでしょうか。それは英語と日本語では、発音規則が大きく異なるからです。しかし、多くの言語の母音はa/i/u/e/oで共通しています。それは、人間が発音できる母音には限りがあるからです。つまり、音声の多様性は子音やアクセントやトーンにあるということです。日本語はトーン(長短や強弱)が優勢の言語で、英語はアクセントが優勢な言語です。そのため、英語ではラップなどのアクセントをいかした音楽が、日本語では演歌などのトーンをいかした音楽が発展してきました。このように考えると、音としての言葉は私たちの文化にも大きな影響を与えているということがわかります。文字としての言葉人類の文字の起源は、シュメール人たちに求められます。文明初期の文字は、楔形文字やヒエログリフ、漢字などが代表的です。その後は、アルファベットと呼ばれる表音文字(音のみを表す文字)が優勢になり、ヨーロッパをはじめとして多くの地域でアルファベットが採用されていきます。日本でも、9世紀ごろにひらがなやカタカナが漢字から派生した表音文字です。文字が発明されたことによる最大の利点は、情報を長期間に渡り保存することができるようになったことと、情報を広範囲にわたって伝達することができるようになったことといえるでしょう。それまで人類の文化は主に口頭による伝承によって、受け継がれてきたと言えます。そのため、集団の範囲は非常に限定的であったとされます。しかし、文字の発明によって、情報の蓄積と伝達が容易になると、人類の集団の範囲は大きく広がることになります。ローマ帝国や中国の漢王朝は文字の力によって、広大な領土を統治することができていました。現代でもその事情は同じですよね。また、わたしたちは、文字を組み合わせることによってより複雑にこの世界で起こる出来事を表現できるようになりましたし、言葉によって新たな現実を生み出すこともできるようになりました。このように、文字には呪術的とも言える力が備わっているのですね。文法としての言葉音と文字だけでは、言葉の意味は通用しません。先ほどの例では、「をいったたろう動物園と昨日」という文章は、単語自体は日常的なものですが、その組み合わせが変であるため意味をなさないのです。英語などの第二言語を学習する際には、「単語を覚えていても全然文章が読めない」ということはよくあると思います。まさしくその悩みこそが、語がわかっていても、語と語の組み合わせがわからなければ、文章の意味は理解できないということが背景にあるのです。文法とは、語と語を結びつけるルールのことです。つまり、書き言葉において重要なのは、単語力と文法力なのです。そして、母語の文法は自然に獲得していくがゆえに、意外と適当に用いてしまうこともあります。そのことが、「文章が読めない」「文章が書けない」ことの原因であるかもしれません。欧米に比べて、日本では文章教育がまだまだ未発達な部分が多いことも、国語という教科の意義や学ぶことの内容が疎かになってしまう部分かもしれません。今後の記事では、文章作法や文章の書き方などについても紹介していければと思っております。意味としての言葉最後に、「意味としての言葉」について考えていきたいと思います。言葉の意味を考える視点は、大きく「意味論」と「語用論」に分けられます。「意味論」は、あくまでも文章自体の意味を扱う議論です。それに対して、「語用論」はその文章が表現された文脈を考慮する議論です。例えば、「そこに猫がいる」という文章を考えてみたいと思います。意味論の観点では、この文章はある場所(そこ)に猫がいるという状況を表現していると捉えることができます。一方、語用論の観点から考えると、「そこに猫がいる(から見て)」「そこに猫がいる(から気をつけて)」など多様な解釈が可能になります。そして、これは言葉の意味を考える上で必要不可欠な視点です。つまり、「言葉の意味」は、文章のみで完結する場合と文脈を考慮しなければならない場合があるということです。「文章内部において、理路整然と論理が流れていること」は、伝えたい内容を正確に伝える上では重要なことです。しかし、いくら論理的な文章が書けていても、文脈が高度過ぎれば読者には伝わらないこともありますよね。その文脈は、歴史的な背景や文化的な慣習の違い、専門用語や言葉遣いの違いなどが含まれます。例えば、学校では目標のことを「目当て」と呼ぶことが一般的なようですが、おそらく会社で「目当て」と言っても一瞬伝わらないでしょう。目標のことを、「ゴール」といったり、「パーパス」といったりすることもあるかもしれません。そして、コミュニケーションの混乱の多くは、同じことを意味しているが言語体系の違いですれ違うことで生じているのではないでしょうか。言葉の「意味」は、多様になりうるためにダイナミックなものである一方で、多くの混乱を招いてしまうこともある、そんな不思議な存在ですね。まとめ今回の記事では、言葉の構成要素である「音」「形式(文字・文法)」「意味」について、それぞれ概略的にご紹介していきました。国語という分野では、こうした言語の豊かさについてもっと学ぶ機会があればいいのではないかと思います。今後は、言語学などの知見をお借りしつつ、音・文字・文法・意味のそれぞれの観点から言葉の豊かさについて紹介していきたいと思います。参考https://www.minervashobo.co.jp/book/b472725.htmlhttps://www.todaishimbun.org/origin_of_words20191220/https://www.waseda.jp/inst/weekly/academics/2015/04/01/31438/https://books.kenkyusha.co.jp/book/978-4-327-40141-2.html