保健というと、「性」や「薬物依存」について学ぶ教科というイメージがもしかしたら強いかもしれません。また、体育が好きな生徒にとっては身体を動かすことができずに、フラストレーションがたまる科目であるかもしれません。その上、受験にも必要のない科目であるため、保健の時間を有意義に感じている高校生は少ないのではないでしょうか。今回の記事では、保健という教科の重要性について紹介していければと思います。保健で何を勉強して欲しいの?そもそも保健という言葉でみなさんはどのようなことを想像しますか。「なんとなく、健康のこと?」と考えるかもしれません。保健は英語では、”health”と訳されるようです。そのため、健康=保健と捉えることもできるでしょう。では、そもそも文部科学省は「保健」という科目をどのように位置付けているのでしょうか。2022年から発効している新指導要領を参考に「保健」の位置づけを探っていきましょう。まず、健康にまつわる社会的な文脈について考えてみましょう。世界的な医療の発達や栄養環境の向上は、人類の平均寿命を大きく引き伸ばしています。1955年には、平均寿命は60歳前後でしたが、2019年には男女ともに80歳を超えています。かつては60歳で定年退職を迎えると、その先の人生はあと少しであったものが、いまではその後に数十年生きていく必要があります。このような時代状況は、「人生100年時代」とも言われています。人生100年時代において、健康を維持すること・生活習慣を整えることなどが求められるようにもなっています。ここで、健康とは必ずしも身体の健康だけではありません。近年では、「心の病」についても大きな関心が集まっています。身体の健康だけではなく、心の健康を維持するためにはどのような考え方やスキルが役立つのかについても、すべての人が最低限持っておくべき基本的知識と言っても過言ではないでしょう。 また、そのような「健康」概念の多様化とともに、社会的に求められる支援(制度やサービス)もまた変化が求められてもいます。このような時代において、社会としてあるいは個人としてどのように健康と向き合っていくかは重要な問題でしょう。また、近年は地球環境の変化に伴って、自然災害も頻発するようになっています。いざというときの応急措置の技術や自分の身を守るために必要な知識もますます求められています。指導要領には、保健を学ぶ意義がこのように述べられています。社会の変化に伴う現代的な健康に関する課題の出現や、情報化社会の進展により様々な健康情報の入手が容易になるなど、環境が大きく変化している中で、生徒が生涯にわたって課題解決に役立つ健康情報を選択したり、健康に関する課題を適切に解決したりすることが求められる。その際、保健の見方・考え方に示されたように、保健に関わる原則や概念を根拠としたり活用したりして、疾病等のリスクの軽減や生活の質の向上、さらには健康を支える環境づくりと関連付けて、情報選択や課題解決に主体的、協働的に取り組むことができるようにすることが必要である。(【保健体育】高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説)。では、具体的にはどのようなことを学んでいくのでしょうか。文部科学省によれば、「現代社会と健康」、「安全な社会生活」、「生涯を通じる健康」、「健康を支える環境づくり」の4つの分野を学ぶことが求められています。学習指導要領の改訂に伴い、「健康を支える環境づくり」の分野が新たに設置されたのが特徴です。続いて、各分野でどのようなことを学んでいくのか説明していきます。具体的に学ぶこととは?現代社会と健康「現代社会と健康」では、日本の疾病構造(どのような病気が多いかなど)や社会の変化に伴って、「健康」に関する課題や考え方がどのように変化しているか、その変化に伴ってどのような対策が求められているか、について学んでいきます。医療環境や栄養状況が改善された現代社会で大きな問題になっているのが「生活習慣病」です。肥満や飲酒や喫煙と健康の問題は多くの人にとって身近な問題になり得ます。また、「うつ病」や「適応障害」の発生件数も増加傾向にあり、身体的疾患以上に精神的疾患の方が誰にとっても重要な問題となっているといえるかもしれません。このように、「現代社会と健康」の分野では、マクロな視点から現代における健康のあり方について学んでいきます。安全な社会生活生活習慣病などの現代病は、高校生からすると少し遠い先のことの話のように聞こえるかもしれません。「安全な社会生活」では、さまざまな移動手段で通学する高校生にとって最も身近であるといえるかもしれない交通安全や、体育や部活などで怪我をしたり、事故にあったりした際の応急措置の仕方について学んでいきます。「現代社会と健康」の分野と比較すると、高校生のとってはより身近な問題について扱うのがこの分野であるといえるでしょう。生涯を通じる健康「生涯を通じる健康」という分野では、生涯にわたる健康の維持・増進のあり方について学んでいきます。「人生100年時代」においては、これまでの時代よりも、各年代あるいは人生の各段階に応じた健康管理についての知識が求められています。また、社会として人々の健康をサポートしていくためには、人生の各段階でどのような環境づくりが必要かについて一人ひとりが考えることも必要でしょう。今の若い世代の人々が、これから健康を維持し、豊かな生活を生きたいくための基本的なものの見方や知識について学ぶのがこの分野の目標なのです。健康を支える環境づくり私たちの健康状況は、さまざまなアクターに取り囲まれています。コンビニの食品には添加物が、野菜には農薬、肉類には育成剤、魚類には人類の生活排水に含まれる化学物質が含まれていることもあります。このように、健康を考える際には、自然環境や社会環境についての理解も欠かせません。また、健康を維持するために利用できる社会的支援制度などは数多く用意されています。しかし、その制度などを十分に活用できている人は少ないでしょう。このような活用できる社会的制度などについての知識を学ぶことも、健康的生活の維持には必要でしょう。このように「健康を支える環境づくり」の分野では、私たちの健康を取り巻く自然環境や社会的環境について学んでいきます。健康をどう捉えるか?これまで見てきたように「健康」を考える上では様々な視点が必要です。健康の問題は、すべての人にとって関心のある事柄といえるのではないでしょうか。多くの高校生にとっては、当事者意識を持つことが難しいかも知れませんが、社会に出ると意外と学ぶ機会は少ないですし、ネット上にはフェイクニュースや根拠が曖昧だけれども過剰にその効果を宣伝する健康食品やサプリメントなどの情報もあふれています。その意味で、保健という教科は思っている以上に重要な教科ということもできます。これまでのまとめに変えて、「健康」をめぐる基本的な視点を紹介したいと思います。それが、「ウェルネス」「ウェルフェア」「ウェルビーング」という考え方です。「ヘルス」という言葉には、疾患がない状態=健康というニュアンスがあります。簡単に言ってしまうと、「肉体的に病気でない」ということです。それに対して、「ウェルネス」には「生き生きと、活力のある状態」として定義されます(https://health-tourism.skr.u-ryukyu.ac.jp/wellness)。「ヘルス」がある意味、消極的な定義だったのに対して、「ウェルネス」はより積極的な定義であると言えるでしょう。このような視点から考えると、単に病気や怪我を防ぐだけではなく、活力ある生活を送るためにはどうすればいいのかというように視座が広がります。自分が活力が上がる時はどのような時か、そのような環境を整えるにはどうすればいいのか。そのように考えることで、「生活習慣病」や「応急措置」などの知識を超えて、より「健康であること」が身近になるのではないでしょうか。次に、福祉とも訳されることもある「ウェルフェア」について説明します。ウェルフェアという言葉には、繁栄などの意味もあります。社会福祉の文脈などで用いられることが多いように、ウェルネスに比べると社会的なニュアンスが強くあります。つまり、社会を構成する人々が、よりよく生きるためにはどのような制度や仕組みが必要かということをウェルフェアという視点では考えることができます。年金や生活保護、住宅支援などはすべてウェルフェア=福祉の問題であるといえます。最後に、近年注目されている「ウェルビーング」について説明します。ウェルビーイング=Well-beingとは、文字通り「いい状態」のことを指します。アリストテレスによれば、「わたしたちは、幸福を求める存在」です(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%9E%E3%82%B3%E3%82%B9%E5%80%AB%E7%90%86%E5%AD%A6)。つまり、ウェルビーイングであることは、わたしたち一人ひとりにとっての目的であるといえるでしょう。そのため、ウェルネスもウェルフェアも含めた総合的に幸福であること=いい状態であることをウェルビーングというのです。このように、「個人的に生き生きとした状態」がウェルネス、「社会的ないい状態」がウェルフェア、そして「いい状態そのもの」のことをウェルビーングといいます。保健を通じて身につくことは?保健という分野はなかなか当事者意識を感じづらく、座学でつまらないというイメージもあるかと思います。また、交通安全や応急措置などについて形式的に学ぶばかりで、意味があるのかわからないという人もいるでしょう。しかし、「個人的にも社会的にもいい状態を目指すこと」が保健を学ぶ意義だと捉えることによって、多くの人が当事者意識を持つことができる上に、すべての人にとって必要な知識とスキルが学べるのではないでしょうか。また、過剰広告やフェイクニュースなどに惑わされずに、自分自身のいい状態のために必要な情報を取捨選択する力も身に付くのではないでしょうか。一人ひとりが、自分や社会やより大きな環境の「いい状態」を考え、その状態を実現するために何ができるのか。少し大袈裟かもしれませんが、そんなことを保健を学ぶことを通じてできるようになるといいように思います。