近年、「アート」が社会的に重要視され始めています。「教養としてのアート」や「アート思考」、「アート×まちづくり」など、幅広い文脈で「アート」という言葉使われるようになってきています。というのも、「アート」という言葉は欧米圏では「創造性・独創性」という言葉と関連して用いられているからです。日本では、「アート」というと、「芸術作品の鑑賞」とイメージと結び付けられ、敷居が高い感じがしますよね。あるいは、「実学」とはかけ離れた、「道楽」のようなイメージもあるかと思います。しかし、アートとはもともと「技術」という意味を持っていることからもわかるように、「何かをつくること」に関する技能と知識の集合なのです。このように「アート」を捉え返すことによって、「芸術」はより身近なものとなるのではないでしょうか。芸術で何を勉強して欲しいの?文部科学省は2022年より高等学校の指導要領を新しくすることを決定しています(いわゆる新指導要領)。特に、国語のあり方は大きく変化します。私たちの社会は変化が激しく、不確実で不安定になりつつあります。このような時代はVUCAの時代などと呼ばれています。 VUCAとは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の四つの英単語の頭文字をとった造語です。このような不確実で不安定な時代において、「1から物事を創造する」とされるアートの力は世界的に注目を集めています。これまでのやり方が通用しなくなっている現代で、新しいやり方に挑戦し続けているアートという活動をより広い範囲に応用できるのではないか。このような世界的な潮流を受けて、文部科学省も大幅に「芸術」科目の内容を充実化しています。平成21年告示の指導要領と平成30年告示の新指導要領を見比べると、大幅に内容が加筆されていることがわかります(詳細は、こちら)。写真1は、「音楽Ⅰ」という科目の内容について21年度版と30年度版を比較したものになります。左が30年度版、そして右が21年度版となります。いかに内容が加筆されたかは一目瞭然だと思います。そして、より「創造性」「表現力」に言及する形で加筆がなされたこともお分かりいただけたかと思います。写真1(出典:高等学校学習指導要領比較対照表【芸術】)では、具体的にはどのような科目をどのように学んでいくのでしょうか。まず、科目としては「音楽Ⅰ」「美術Ⅰ」「工芸Ⅰ」「書道Ⅰ」のうちから、1科目は必ず選択することになります。さらに、教科の学びを深めたい場合は「音楽Ⅱ」「音楽Ⅲ」というようによりハイレベルな科目へと移行していくことになります。しかし、美術系・芸術系の大学や専門学校を志望していなければ、Ⅱ以上の科目を選択することはないでしょう。また、各科目とも「鑑賞」と「表現」の2軸に沿って学習を進めていくことになります。つまり、「すでにある作品を多様な観点から鑑賞し、作品を批評することができるようになこと」と「自分自身で構想し、実際に作品を制作することができるようになること」という2つの力を芸術という科目を通して身につけていくことが目標とされています。では、それぞれの科目ではどのようなことを学んでいくのでしょうか?音楽音楽という教科では、その名の通り音楽について学んでいくことになります。まず、「鑑賞」という観点では音楽の歴史や音楽の理論について学んでいきます。音楽の歴史としては、西洋音楽と日本の伝統的音楽そして近代音楽について学んでいきます。音楽にはその時代や地域に固有の特徴があります。そして、その特徴はある時代や地域の社会や文化とも大きく関わりがあります。例えば、誰もが知っているベートーヴェンという作曲家は、史上初のフリーランス音楽家ともいわれてます。それまでは、作曲家は教会や宮廷などに仕えることによって生活を成り立たせていました。バッハやモーツァルトなどもそうです。音楽が教会や宮廷で演奏されるものから、次第に市民のために演奏されるようになるにつれて、求められる音楽のあり方も変わっていったのです。このような視点から考えると、音楽の歴史も身近なものになるのではないでしょうか。音楽の歴史や音楽の理論については、これからも紹介していきたいと思います。「表現」という観点からは、音楽理論や音楽史や演奏法に基づいて、適切な表現ができるようになることが求められています。しかし、多くの人は音楽を専門的にやりたいとは思わないでしょうから、この要求は少し高すぎるかもしれません。もちろん、知識が豊富にあった方が、表現の幅は広がることは間違いありません。また、動画や音声などが重要視されている現代社会では、音楽的な表現に通じていることは重要でしょう。しかし、音楽とは「音を楽しむ」と書くように、音を楽しむことが最も大事でしょう。音に合わせて、自分自身を表現することの楽しみを感じることができるといいかもしれません。「音楽が好きで、音楽を自分でも作れるようになりたい」「音で表現することが楽しい」「音楽が好きで、音楽を研究して、批評などができるようになりたい」というような関心があれば、音楽を選択するのがいいでしょう。ここまで読んでくれた方はとても音楽に関心があると思います。とはいえ、多くの学校では音楽教育をそこまで充実する余裕も関心もあまりないでしょう。そこでおすすめなのが自学自習です。教科書や本、音楽作成ツールなどを用いて、自分で音楽を作成したり、ブログなどで音楽批評を書き始めるといいでしょう。積極的に学んだことをアウトプットすることが重要でしょう。美術美術という教科では、主に「絵画」「彫刻」などの表現を学んでいくことになります。まず、「鑑賞」という観点では美術史や絵画理論などについて学んでいきます。美術史も音楽史と同様に時代や地域によって特徴があります。例えば、前衛的な「現代アート」の起源を遡ると「印象派」に到達します。「印象派」はそれまでの「工房-アトリエ」で理想的な情景を描いていた美術のあり方を否定して、街に出て刻一刻と変化するリアルな情景を絵にしようとしました。その結果、写実性よりも光がちらついたような独特の画風が誕生しました。このような特徴的な画風は多くの画家に影響を与え、「絵の描き方自体」を革新していく芸術運動が発生したのです。そして、その独特の画風は、当時勃興しつつあった市民層を熱狂させ、美術の中心は宮廷から美術館(展示場)へと変化していったのです。音楽史と同様に美術史についても、これから紹介していければと思います。「表現」という観点からは、素描-デッサンや構成などの知識や技能をもとに、作品制作を行っていくことになります。デッサンや構成を考えることは、いわば「研究」ないし「練習」のような営みです。いきなり優れた作品を生み出すことはほとんどの人はできません。ピカソでさえ、膨大なデッサンと構成の試行錯誤の果てに、傑作を生み出しています。ボールをバットに当てるためには、素振りが必要なように、優れた作品を描くためにはデッサンが必要なのです。このような作品制作のために必要な基礎練習を行ってはじめて、オリジナルな作品を制作することができます。とはいえ、オリジナルであろうとするよりも、自分なりに「美しい」と思う表現を突き詰めてみることが重要です。そこには、自然とオリジナリティーが宿るのではないでしょうか。「考えていることや感じていることを絵などで表現することが好き」「模写するのが好き」「美術館などにいくのが好きで、自分でも作品批評をしたい」などの関心がある方は美術を選択するのがいいでしょう。そして、音楽と同様に自分自身で表現するということが何よりも重要です。キャンバスに絵を書いてみたり、CanvaやAdobeなどの美術制作ツールを用いて実際にデザインをしてみるのもいいでしょう。工芸工芸という教科では、一般に「ものづくり」と呼ばれる分野について学んでいきます。例えば、「家具」や「染物」などが代表的でしょう。工芸は「クラフト」とも呼ばれ、「アート&クラフト」というような用いられ方がされることもあります。近代に入り、芸術と工芸の間に区別がなされるようになりました。その結果、「アート」は絵画や音楽など、「クラフト」は工芸品などを表すようになりました。そして、「クラフト」は生活に密着した工芸製品というニュアンスを帯びるようになりました。そして、「アート」ばかりが注目される中で、日常に溢れる「工芸品」の中に「美しさ」を見出そうとする社会運動なども展開されるようになります。このような事情があるため、「工芸」という教科では身の回りの工芸品について学んでいくのです。工芸品は、生活に密着しているため生活者が使いやすいような「機能性」に富んだデザインなどがほどこされたりしています。このような身近にある工芸品のデザインの特徴やデザインの工夫などを理解することが「鑑賞」の目標です。「制作」に関しては、実際に工芸品のデザインや制作を進めていきます。簡単にできるものとして、木細工や染色や陶器の作成などを行う学校が多いのではないでしょうか。また、工芸品のデザインを行う際は、使用者が「どのようなシーンで使うのかあるいは使ってもらいたいのか」などを考えることが重要です。そのような生活者の視点を取り込むことが工芸という分野では重要でしょう。身の回りにある製品の美しさを改めて捉えてみることや機能性のあるデザインに関心がある方は、「工芸」という科目を選択してみてもいいでしょう。普段何気なく使っている工芸品の「どこがすぐれているのか」「どのような点が機能的であるのか」「どこに美しさがあるのか」などを考えるなど、製作者の視点にたって分析してみることもいいでしょう。また、博物館や民芸館などに足を運んで、工芸品の歴史などについて知ることも学習を進める上で有効です。書道書道は、中国や日本などの東アジアで発展した独特の文化です。「文字」自体を芸術作品にまで高めるというのは世界的に見てもかなり珍しいことでしょう。中国で誕生した漢字は、ローマ字のような表音文字(音を表す)ではなく、表意文字(文字の内に意味がある)です。このような文字自体の意味があるという漢字の特徴が、文字自体を芸術作品にすることを可能にしているようにも思えます。書道の原型は、周の時代に遡ることができます。最も書道文化が栄えたのが唐の時代です。日本に書道の文化がもたらされたのはだいたい6世紀ごろですが、最も書道が栄えたのが平安時代です。室町時代からは「水墨画」も輸入され、日本でも明治時代初頭までは独自の発展を遂げました。このように「鑑賞」という観点からは、書道の歴史を中心に学んでいきます。また、制作という観点からも書道は日本人にとって馴染みのある芸術ですよね。小学校の頃には必ず書道を学びます。中には、優秀賞をもらったことがあるという方もいるかと思います。私たちが日頃用いている書体は楷書体と呼ばれるものです。書道には、隷書・篆書・楷書・草書などさまざまな書体があります。高校では、隷書や篆書の書き方なども学んでいきます。実際に「書く」ことを通じて、漢字文化の豊かさを知ることができるでしょう。「小学校や中学校で書道の時間が好きだった」「中国や日本の文化が好き」「文字のデザインなどに興味がある」という方は書道を選択するといいでしょう。少し準備するのが面倒なので、日常で書道をやるということはあまりないかもしれないので、美術館などの展示などをみにいったりすることで、書道文化の奥深さに触れるという体験をしてみることもおすすめです。芸術を通じて身につく能力とは?芸術を通して身につく能力は「審美眼」と「創造性」であると考えます。「審美眼」とは、ものの良し悪しを見抜く力といえます。鑑賞を重ねることで、どのような作品が優れているのか、どの点が優れているのかについて自分の言葉で語れるようになるでしょう。そして、その営みを通じて自分自身の美の基準も形成されていきます。このような審美眼は芸術鑑賞にとどまらず、仕事などでも発揮される力といえます。例えば、あるプロダクトの良し悪しを明確に言語化できれば、そのプロダクトの質はより高まるでしょう。また、アートは「0から1を生み出す」営みであると冒頭で述べたように、芸術という科目を通じて創造性も身についていくと考えます。そして、この創造性こそが現代社会で広く求めらている力でもあります。高校の科目を学ぶだけでたいそうなと思われる方もいるかもしれませんが、関心をもち、自分自身で学び、制作することは必ず創造的な能力を高めていくと思います。芸術を単なる選択科目としてではなく、このような視点から捉えることで、実り豊かな教科に見えてくるのではないでしょうか。