地理という教科はあまり積極的に選ばれる科目ではないかもしれません。暗記科目として敬遠されがちな日本史を選択する代わりに、地理を選ぶという人も多いかと思います。地理を選んでも結局は産業を覚えたり、気候区分を覚えたり、各地の特色を覚えたりでいまいち何を勉強しているかわかりづらいですよね。教科書や参考書を読んで、問題集で問題を解くというオーソドックスな勉強法しかないという印象を持っている人も多いかと思います。今回は、地理学がどのような学問で、高校地理は何を勉強する科目なのかについて説明していきます。地理で何を勉強して欲しいの?文部科学省は2022年より高等学校の指導要領を新しくすることを決定しています(いわゆる新指導要領)。特に、国語のあり方は大きく変化します。私たちの社会は変化が激しく、不確実で不安定になりつつあります。このような時代はVUCAの時代などと呼ばれています。 VUCAとは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の四つの英単語の頭文字をとった造語です。文部科学省はそのような時代における地理の役割として以下の三つを設定しています。①持続可能な社会づくりを目指し、環境条件と人間の営みとの関わりに着目して現代の地理的な諸課題を考察する②グローバルな視座から国際理解や国際協力の在り方を、地域的な視座から防災などの諸課題への対応を考察する③地図や地理情報システム(GIS)などを用いることで、汎用的で実践的な地理的技能を習得するSDGsなどの持続可能な社会の実現を意識した文言や防災などの諸課題への対応など、自然と人間社会の関係を意識した文言が織り込まれています。この点が、今回の新指導要領の改訂の大きな特徴だと思います。歴史や公共などと同じく、地理に関しても社会的な問題の「課題解決」のための教科という位置付けがなされているといえます。この中でも必修の「地理総合」では、③の地図や地理情報システムについて学んでいきます。そして、選択科目の「地理探求」では、①や②に関わる地理的事項を「系統地理」と「地誌」という二つの観点から学んでいく指導要領となっています。いずれにせよ、これまで選択教科であった地理が必修科目になり、そして持続可能な地球環境づくりなど現代的な諸問題を解決するための基礎知識として地理という教科が位置付けられることになりました。地理学は「空間の科学」である文部科学省は持続可能な地球環境づくりなどに資すると地理という教科を捉えています。では、地理学とはそもそもどのような学問なのでしょうか。地理は、英語でGeographyです。Geoは地球や土地、graphyは記述という意味をもちます。つまり、地理とは地球の表面について記述する学問なのです。もっと要約すると地理学は「空間の科学」ということができます。どうしても高校の「地理」の教科書を読んでいると、自然環境や産業の特色や気候区分を覚えたりなど、地理って何だかおおざっぱな科目だなと感じるでしょうが、「空間の科学」という観点から考えると地理学の面白さにきっと気づけると思います。「空間」は「時間」と並んで、私たちの世界の基盤です。18世紀のドイツの哲学者のカントは、時間と空間は私たちの生に先立って存在する基本的な形式であるという趣旨のことを述べています。少し難しいですが、要するには時間と空間は私たちが生まれる前から存在しており、時間と空間があるからこそ私たちのあらゆる認識や行動が可能になっているということです。もっと簡単にいってしまうと、時間と空間は暗黙の前提だということです。しかし、そうであるがゆえに時間や空間は空気のような存在になり、当たり前すぎて考察の対象から漏れてしまいがちです。空気のような存在である「空間」について改めてしっかりと考えてみようとするのが地理学という学問なのです。では、具体的にどのようにして「空間」に迫っていくのでしょうか。地理学は「情報」「自然」「文化」「地域」という観点から地球上にあるさまざまな「空間」を明らかにしていこうとします。それぞれ「地理情報学」「自然地理学」「人文地理学」「地誌学」と呼ばれています。「地理情報学」では、地図やGPSなどの地理情報などを扱います。今や当たり前の地図も、人類にとっては偉大なイノベーションなのです。この点についての詳細は別の記事で紹介しますが、地図というのは人類の文化や思想が表現された一つの世界なのです。現代では、Google mapなどの地理情報学の知見を活用したアプリケーションは生活や仕事においても必須の存在になっています。「自然地理学」では、気候や大地の活動や海洋循環などの地球表面で生じる自然現象を扱います。高校で学ぶ地学とかなり重なる部分もあるため、高校地理ではあまり触れらることはありません。現代は「気候変動」や「地殻変動」などによる自然災害が増えています。しかし、自然災害は人間の活動と無縁ではありません。産業活動が温暖化や海洋汚染を招いたり、災害対策が不十分であると地震や津波、洪水の被害は深刻になります。自然地理学の知見は、自然と人間の共生を考える上で重要な知見をもたらします。「人文地理学」では、人間の文化的な活動と地球という大きな空間や、地域という小さな空間の関係性を扱います。普段当たり前に暮らしている「空間」を問い直すというのが人文地理学の面白みです。多くの人が共感する例として、机の配置と人々の行動の関係を挙げることができます。教卓を前にして、すべての生徒が教卓を向くように机を配置すればそこには「授業をする人、受ける人」という行為の舞台が設定されます。一方で、机同士を向かい合うように配置すれば「対話や議論をする」という行為の舞台が設定されます。このように、空間のあり方によって人々の行為のあり方も変わりますし、その逆も然りです。このような人々の実践と空間の関係性を問うのが人文地理学です。しかし、高校の地理ではあまり人文地理学の知見が紹介されることはありません。「地誌学」では、具体的な地域や地区あるいは都市の産業や文化や歴史などが扱われます。地域の分類はさまざまなものがあります。例えば、「東アジア」「日本」「東京」あるいは「東京都渋谷区」などさまざまな粒度からその地域の特徴などを検討していくのが地誌学です。カテゴリーを大きくすればある地域ごとの共通点や相違点が浮き彫りになるでしょうし、カテゴリーを小さくすればある地域の特色が浮き彫りになるでしょう。 このように地域の見方を、ズームアップしたりズームアウトすることによって地域の全体像に迫るのが地誌学の魅力といっていいでしょう。文部科学省はSDGsなど現代的な問題と絡めて、課題解決のために必須な知識を提供する科目として地理を位置付けていますが、より広く捉えるならば地理学は私たちが生きる空間について豊かな知見を提供してくれます。そして、その豊かな知見こそが私たちはどう地球環境をふくむ空間を活用するのか、そしてどのように空間とともに生きていくのかについて考えることを可能にするのです。どのように勉強すればいいの?では、地理はどのように勉強を進めていけばいいのでしょうか。一般的なサイトでは、おすすめの参考書や問題集が紹介されたりしますが、ここではあまりそういうことはしません。というのも、確かにそういう勉強法はテストで点数を取るためには近道かもしれませんがあまり面白くもありませんし、地理的なものの見方-空間の捉え方が身につくとは限りません。上でも紹介したように、地理は大まかに4つの分野によって構成されています。地理情報学に関しては、地図帳を読み解く訓練をしたり、国土地理院の出している基盤地図情報のサイトを見て地図情報が実際にどのように活用されているかを調べたりするのがいいでしょう。自然地理学に関しては、気候区分などを覚えるのが高校地理では重要です。その際に、Google mapやyoutubeなどを使って、実際の土地を調べるのがいいと思います。なぜなら、人間は文字情報よりもイメージの方が覚えやすく、かつまたその方が理解も深まるからです。人文地理学に関しては、高校地理では「産業」「都市・村落」「生活文化」などの分野が取り上げられます。しかし、人文地理学の面白さは高校地理の範囲を大きく超えてきます。地理が好きだという生徒は、大学レベルの人文地理学の教科書を読んでみるのがいいでしょう。地誌学に関しては、地理情報学や自然地理学・人文地理学で学んだ知識をベースにして学習を進めていくのがいいでしょう。なぜなら、地誌の分野では具体的な地域のことを学んでいきますが、その地域の特徴は気候などの自然環境や民族ごとの文化的特徴が反映されているからです。このように、地理の勉強は具体的なイメージをもって進めていくのがいいと思います。地理学を通じて身につく能力とは?具体的な地理学の面白さや学習方法については今後紹介していきます。ここでは最後に、地理学を学ぶことを通じて身に付く能力を説明したいと思います。地理学を学ぶと、「空間」に関する視点が豊かになります。歴史が時間について俯瞰する学問だとすれば、地理は空間について俯瞰する学問だといえます。地理学を通じて身につく能力はさまざまなものがあると思いますが、それらを総合すると「空間把握力」といっていいでしょう。その空間把握力には、地図などの空間情報を把握する力や地球という大きな空間を把握する力、あるいは地域などの空間を把握する力などが含まれます。地理学を学ぶことでさまざまなスケールから身の回りの空間について考えることができるようになるでしょう。