前回の記事では、歴史という科目の特徴について解説しました。その記事では、歴史とは、史料を組み合わせて過去を再構成した物語だということを解説しました。そして、私たちが歴史について知ることができるのも、さまざまな形で資料が残されているからです。

この記事では、歴史を再構成するために用いられる史料にはどのような種類があるのかについて解説していきます。そして、そのことを通じて改めて、「歴史とはなにか」という問題を考えていきたいと思います。

ではまず、歴史を構成する上で必要な史料の種類はどのようなものがあるのでしょうか。主に文字史料・伝承/口承・芸術品/工芸品・遺跡・痕跡などがあげられます。それぞれ具体的に解説していきましょう。

文字で伝えられた歴史

まずなによりも史料において重要となるのが、文字史料(文書)です。歴史学は主に文字史料を活用して、過去の歴史に迫っていきます。人類社会は文字を発明したことによって、世代を超えて記録を残すことができるようになりました。この文字が存在するために、歴史という営みが可能になったといっても過言ではありません。

逆に言えば、文字が残っていない社会について、私たちはわからないことが多いのです。そのため、文字が早い段階で発明された、古代文明について多くのことがわかっていますが、現代においても文字を扱わない文化のことについては多くの謎があったりもします。

では、もう少し具体的に文字史料について考えていきましょう。平安時代の貴族の暮らしについては多くのことがわかっています。というのも、清少納言『枕草子』や紫式部『源氏物語』などの文学作品には宮廷の生活が赤裸々に綴られています。また、当時の貴族は日記を書くという習慣がありました。しかしここで日記というのは、感情を連ねてものではなく、宮中での仕事の様子や気をつけるべき作法を書きつけた日誌のような存在です。他にも、税金や懲罰について記された文書も存在しています。

このようなさまざまな文字資料を組み合わせれば、平安時代のおける貴族の生活や当時の社会状況に迫っていくことができます。江戸時代や明治時代になると、わたしたちが扱える文字史料の数はより膨大になります。そのため、まだまだ未開拓で我々にとって謎に包まれた歴史はたくさんあるはずです。大学で歴史学を専攻すると、このような未開拓の歴史についてアプローチしていきます。

文字史料は、過去の歴史を再構成する上でもっとも重要ではあるのですが、「文字を使えるのは誰なのか?」という問題があります。日本の識字率はほとんど100%ですが、識字率が大きく向上したのは、近代的な学校制度が確立してからです。ということは、近代以前で文字を扱えた人々というのは基本的に上流階級の人々でした。つまり、文字に残っている史料というのは基本的に、上流階級の人たちの文化なのです。平安時代の庶民の生活は、貴族から見た世界が記録に残されていたりするのです。そのため、どうしても文字史料をもとにした歴史は、上流階級の歴史という偏りが出てしまうのです。

身体で伝えられた歴史

文字史料をもとにした歴史学が、上流階級に依存することを批判したグループを「アナール学派」といいます。「アナール学派」に属する歴史学者たちは、「普通の人々の歴史」に注目します。彼らは、商売・気候・生死・医学・噂・恐怖・子供・家族・恋愛・魔女・夢など、人々の生活に密接に関わる、そして歴史的な重大事件からすると「些細な出来事」に目を向けます。

こうした人々の歴史を知るために、彼らは、教会に登録された出生届などの人口統計に加えて、昔話などの口承物語や昔から伝承されてきた踊り、庶民の生活を記録した絵画などさまざまな史料を活用しました。こうした史料は人間の身体によって受け継がれてきた歴史=文化ともいうことができるでしょう。物語は口で、芸術品や工芸品は手で、踊りなどは身体で受け継がれていきます。文字を扱うことができない人々の歴史は、このように身体を通じて伝えれてきた文化の中に存在するのです。

身体で伝えられてきた歴史についても具体的に考えていきましょう。フィリップ・アリエスという歴史学者は、絵画に描かれた「子ども」の姿の変化、墓碑銘や日誌、遊戯や服装の変化、学校教育のカリキュラムなど、さまざまな史料を活用することによって、子どもや家族にまつわる感情——メンタリティを再構成しました。そこでわかったことは、18世紀以前においては子どもは「小さな大人」としてみなされており、現代のような大人とは区別された「子ども」とはみなされていなかったということです。

おとなは子どもを大人のように扱い、共に働き、共に遊んでいたのです。しかし、18世紀に入るにつれて、子どもは大人の世界と切り離されて、一人前の大人になるべく適切に教育されるべき存在へと変化していったのです。その結果、子どもをめぐる家族の感情も大きく変化しました。「小さな大人」から「子ども」へと変化する過程で、家族にとって「子ども」は愛情を注ぐべき存在へと変化したのです。

このように、アリエスは、絵画や遊び、服装など文字以外の史料もふんだんに使うことによって、十分に文字史料を残すことができなかった「普通の人々」の歴史に迫っていったのです。

もののうちに刻まれた歴史

歴史学は基本的に、文字史料や口承・伝承などの史料を扱いますが、文字史料が十分でなかったり、伝承が途絶えてしまっている古代文明については、遺跡の発掘調査などを行う考古学の専門です。

考古学では、地中に眠っている古代の遺跡を発掘調査することによって、当時の暮らしを再現しようとします。古代エジプトのミイラや古代インドのモヘンジョダロ、メキシコのマヤ文明などをイメージしてもらうといいかもしれません。また、古代ローマ時代に噴火によって消滅したポンペイという街の保存状態はとてもよく、古代ローマでどのような暮らしがなされていたかがかなり忠実にわかっています。わたしたちの文化と同じように、居酒屋があり、理髪店があり、市場がありました。このような遺跡も、古代の人々の生活が刻まれた重要な史料ということができます。

また、近年では物質の中に含まれている放射性同位体の崩壊周期や地層に残された地球環境の変化などを自然科学の知見を用いて明らかにすることも行われています。このような地球46億年、あるいは宇宙138億年の歴史を射程に入れた歴史学のことを「ビッグヒストリー」といいます。

近年、「気候変動」が重要なテーマとして世界的に問題になっています。地球の天文学的な歴史を考慮すると、地球環境は歴史的に大きく変化していることがわかります。そして、その気候の変化は地層を調べたりすることによってかなり明らかにすることができます。オーソドックスな歴史学は、人類社会の歴史のみを扱いますが、よく考えてみるとわたしたちの歴史には地球環境の変化が大きく関わっていますよね。このように地球環境の中に刻まれた痕跡もまた、歴史を再構成する上での重要な史料になるのです。

このように、もののうちに刻まれた歴史を射程に入れることによって、わたしたちの「歴史を見る眼」は大きく広がることになります。

史料をいかに組み立てるか?

これまでは、歴史に迫るための史料について紹介してきました。最後に、史料をもとにどのように歴史に迫るのかという問題について解説していきます。そして、史料に対してどのような態度を取るかということは、「歴史とはなにか」という問題に関連します。

まず代表的な立場は、史料に対して客観的な視点を取れるとする立場です。つまり、歴史家の「主観的な解釈」を入れ込むことなく、史料に向き合うことができるという立場です。この立場では、適切な方法を用いれば、誰もが同じ歴史を再現できると考えます。

そして、もう一つの立場が、歴史を再構成する上では、時代状況に応じた「歴史家の視点」がどうしても入り込んでしまうという立場です。つまり、歴史はある時代の関心によって大きく見え方が異なる存在であるという立場です。この立場では、歴史家の視点だけ歴史像が存在すると考えます。

どちらか一方が絶対的に正しいというわけではなく、歴史はあるフレームワーク(歴史の見方)をもとに、客観的に存在する史料を再構成する営みだということができるでしょう。

例えば、「女性の歴史」「科学の歴史」などのテーマを設定すると、どうしてもそこに「視点」が集中してしまいますよね。このように、どのような視点から歴史を見るのかということがフレームワークです。さらに、「女性の歴史」を扱うのであれば、フェミニズム理論やジェンダー論などのよりマクロなフレームワークに依拠することにもなります。そして、そもそも「女性の歴史」に関心を寄せることも、ある時代の固有の文脈(日本において、女性の社会進出が問題になっているなど)に大きく依存します。

そうした歴史を眺める人を取り巻く文脈から逃れることはできませんが、史料を捏造したり、史料の都合のいい部分だけを再構成することは避けなければなりません。つまり、歴史は常に歴史を眺める人のフレームワークや文脈によってその姿を変えるが、そうだからといって歴史家が勝手に歴史を考えてはいけないのです。歴史を考えるためには、歴史学的な「ものの見方」と歴史学的な「方法」をある程度、習得していなければならないのです。

まとめ

今回の記事では、歴史を構成する史料と歴史を構成するための視点と方法を紹介しました。史料には、大きく文字で伝えられた史料・身体を通じて受け継がれた史料・もののうちに刻まれた史料があります。そして、その史料を再構成するための視点は数多く存在しています。

このように考えると、「歴史とは史料をもとに、歴史学的なものの見方と方法によって再構成された過去の物語」ということができるかもしれません。

無機質に見える歴史の教科書の背景には、多くの歴史家の知的な営みがあるのです。そう考えると、歴史もよりダイナミックな教科として見えてくるのではないでしょうか。

参考資料

E.H.カー(近藤和彦),2022,『歴史とは何か』岩波書店

https://www.iwanami.co.jp/book/b605144.html

デヴィッド・クリスチャン・シンシア・ストークス・ブラウン・クレイグ・ベンジャミン(長沼毅 監),2016,『ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか』明石書店

https://www.akashi.co.jp/book/b251054.html

フィリップ・アリエス(杉山光信・杉山恵美子訳),1980,『<子供>の誕生——アンシァン・レジーム期の子供と家族生活』みすず書房

https://www.msz.co.jp/book/detail/01832/

マルク・ブロック(松村剛),2004,『歴史のための弁明』岩波書店

https://www.iwanami.co.jp/book/b261308.html


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