家庭科というと、調理実習があったり、ミシンをつかったり、「家庭の仕事」をうまくするための「女の子向けの教科」という印象があるのではないでしょうか。家庭科は男女ともに必修の科目ですが、実質的に「家庭科」にほとんど触れない中高生も多いのが現状だと思います。しかし、「勉強して意味あるの?」といわれがちな学校生活の中で、最も生きていく上で「意味のある」知識とスキルを身につけることができるのが家庭科という教科なのではないでしょうか。

なお、Loohcs高等学院では、家庭科で学ぶ分野をいくつかに分けて「ライフスキル」「金融リテラシー」という名前で講義をしています。見方によっては、大きな重要性をもつ「家庭科」について紹介していきます。個人的には、「家庭」というニュアンスを取る方がいいのではないかと思っています。

家庭で何を勉強して欲しいの?

では、そもそも文部科学省は「家庭科」という科目をどのように位置付けているのでしょうか。2022年から発効している新指導要領を参考に「家庭科」の位置づけを探っていきましょう。

2022年度より発効する新指導要領の背景にはあるのは、現代社会がVUCAの時代に突入しているという「歴史観」です。現代社会は、変化が激しく、不確実で不安定になりつつあります。このような時代を「VUCAの時代」というのです。

VUCAとは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の四つの英単語の頭文字をとった造語です。

このような時代背景を前提として、新指導要領における家庭科の役割を文科省はどう捉えているのでしょうか。これまでのやり方が通用しなくなっている現代で、「生きる力」が重要だと文部科学省は考えています(参考:https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm)。

「生きる力」を涵養する上で、必要となる考え方や知識を実践的に身につけるのが家庭科の役割であるとされます。かいつまんでいうと、生涯にわたって、他者と協働すること。家庭を築き、育児から介護をすること、預貯金や投資をして家計を維持すること。消費社会で自律的な選択をすること。このようなことを学ぶことによって、主体的な行動を取ることができるようになることが期待されているのです(【家庭編】高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説)

では、具体的にはどのようなことを学んでいくのでしょうか。まず、「家庭基礎」と「家庭総合」に分類されます。しかし、どちらの科目でも、「人の一生と家族・家庭及び福祉」、「衣食住の生活の自立と設計」、「持続可能な消費生活・環境」、「ホームプロジェクトと学校家庭クラブ活動」の4つの分野を教えることが求められています。

よりわかりやすくまとめるならば、「家庭の話」「衣食住の話」「消費や環境の話」を教えることが求められているのです。投資をはじめとする金融リテラシーのニーズ向上やSDGsなどの環境問題への注目から、投資信託などの知識や環境問題と消費生活の関係性などについても教科が盛り込まれるようです。

家庭科の紆余曲折

このように現代社会の動向を踏まえて、大きくアップデートされた家庭科ですが、学校や生徒における重要性と社会的に求められている重要性には大きな乖離があるように思いますよね。つまり、生徒からすると「家庭科は大して意義がない」けれども、国としては家庭科に大きな意義をもたせようとしているという意識の違いがあるのです。

たしかに、環境問題や金融リテラシーの問題は確かに現代社会においては重要な知識と言えるでしょう。しかし、投資信託などに踏み込んだ教育はこれまではなされていなかったため、現場の教員も少なからず戸惑っているといいます。

生活史研究家の阿古氏の議論を参考にすると家庭科教育の変遷は、①戦後期、②高度経済成長期、③脱工業化期、④ジェンダーバックラッシュ期、⑤現在の5つの時期に分けることができます(https://toyokeizai.net/articles/-/437405?page=2)。

家庭科教育の変遷

戦後期

家庭が日本の教育に導入された背景には、GHQによる民主化政策があります。家庭は「民主的な家族関係による家庭を築くために学ぶ教科」と位置づけられ、新たな日本を作る市民を育てることが期待されていました。 そのため、家庭は「男女ともに学ぶべき教科」だったのです。

高度経済成長期

しかし、日本が高度経済成長を達成すると「男性が働いて稼ぐ」「女性は家事と育児をする」という日本型の労働モデルが確立していきます。こうした時代の変化をうけて、家庭科は「女子のためのもの」という価値観が復活することになります。男子は「技術」を学び、女子は「家庭」を学ぶという性役割分業がなされるようになります。

脱工業化期

オイルショックが起きて世界的にも脱工業化の流れが進展すると、女性の社会進出も進み「男女平等」の雰囲気が醸成されていきました。日本でも「男女雇用機会均等法」が制定されるなど「女性は家事をする」という社会通念は比較的薄れていきました。その中で、男女が協力して家庭を維持することが求められ、家庭も男女ともに必修となります。

バックラッシュ期

しかし、1990年代末になると「ジャンダー・バックラッシュ」が起きて、「ジェンダー平等」などの文言が全ての教科書から消えてしまったといいます。同時に、家庭科という教科は隅に追いやられて、調理実習や裁縫をするという程度の科目として扱われるようになっていきました。

現在

現在では、「老後貯金2000万円」などのキャッチーなフレーズが注目を集め、全世代への金融リテラシー向上なども必要だと言われています。その中で、家庭科の中にも金融についての実践的な知識やスキルの指導が家庭科の指導要領にも盛り込まれました。また、SDGsをはじめとして環境問題への関心も高まっており、環境問題に関する実践的な知識を教えることも家庭科に求められるようになっています。

このように「家庭科」は時代の状況によって大きく教えるべきとされる内容が変動している科目なのです。しかし、このような時代の変化を超えて「生きる知恵」「生きる力」を学ぶ家庭科の意義は不変なのではないでしょうか。

具体的に学ぶこととは?

家庭科が時代の変遷の中で、教科内容も大きく変化してきたことがわかりました。では、現代の家庭科では具体的にどのようなことを学んでいくのでしょうか?

「人の一生と家族・家庭及び福祉」

この領域では、生まれてから老いるまでの「生涯発達」の観点から家族のあり方、乳幼児と高齢者の福祉について理解することが目的とされています。とくに、重要となるのはそれぞれのライフコースに合わせた福祉のあり方といえるでしょう。

福祉という視点で捉えるならば、現行の指導要領には問題点もあると思います。それは、育児や介護を「家族の仕事」として男女ともに協力することとしている点です。共働きなど雇用のあり方が多様化している現代において、育児や介護は家族だけの問題ではありません。また、離婚率や未婚率も増えており、一人ひとりに多様なニーズがあると言えます。より時代にあった育児や介護、あるいは家庭環境(一人暮らしだとしても)を向上する方法についての知見を提供することが必要なのではないでしょうか。

「衣食住の生活の自立と設計」

この領域では、「食生活の管理」「衣生活の管理」「住生活の管理」などについて学んでいくことが期待されています。バランスの良い食事のあり方、生活習慣病についての知識や、体型を含めた健康の維持は現代人の大きなニーズです。しかし、ネット上には誤った情報が溢れており適切な知識が必要とされています。食に関する的確な情報を知ることは全ての人にとって必要不可欠なことではないでしょうか。

衣服についても大きなニーズのある分野です。衣服を管理するという視点だけではなく、服飾に関わるビジネスがどのように展開されているのか知ることも必要でしょう。とくに、ファストファッションなどが一般化している現代では、この服飾産業への構造的な理解は重要な意味を帯びます。どのような現場で衣服が生産され、消費された後はどのように処分されていくのか。その過程を知ることで、より自分自身の生活を見つめ直すことができるのではないでしょうか。

住宅についても全ての人にニーズがある分野です。日本の住宅市場や住宅政策の特徴を理解すること、優れた住環境がどのようなものであるのか自分で考えることができることは必須の知識だと思います。日本社会では住宅は主に経済政策として活用されてきた経緯があります。人口が減少している現代で、リノベーションやシェアハウスはより大きな意味を持ってくるでしょう。これまでのように「持ち家至上主義」は成立しなくなる中で、自分にとってよりより「住まい」のあり方を考えことができるようになることは重要でしょう。

「持続可能な消費生活・環境」

この領域では、消費活動と地球環境の関係性について学んでいきます。人間の経済活動≒消費活動が進展すればするほど、地球環境資源は少なくなり、環境破壊も進んでいきます。この問題は、SDGsというスローガンに結実するように、世界全体の問題でもあります。人間の諸活動が地球環境に大きく影響を与えたことを踏まえて、地質学的区分として「人新世」という概念も提案されています。このように、人間活動と地球環境を併存していくことが求められている現代において「持続可能な消費生活のあり方」を考えることも、全ての人にとって意味のあることといえるでしょう。

家庭を通じて身につく能力とは?

以上、ここまでで見てきたように家庭科という教科は全ての人にとって必要不可欠な「生きる知恵」を実践的に学ぶ教科といえます。 そのためわたしたちは家庭科はとても重要な教科だと考えているのです。「生きる知恵」には、家族のこと・家庭のこと・衣食住のこと・お金のこと・地球のことなどさまざまな領域で必要となる知識やスキルが含まれていると言えるでしょう。そして、個人化が進んだ現代では最も継承されにくい知恵ということもいえます。また、情報化が進む中で何が「価値のある知恵」 なのかを見極めるリテラシーも今後より重要度を増していくと考えることができます。「受験に出ない」「女子が学ぶもの」という偏見を捨てて、豊かな「生きる知恵」にぜひ触れてみてください。

参考

【家庭編】高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説

軽視される「家庭科」を学ぶ意義はどこにあるのか(https://toyokeizai.net/articles/-/437405?page=2

現代思想2022年2月号 特集=家政学の思想(http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3656


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